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板門店 Aコース

  • ツアー時間  08:50 ~ 15:00
  • 最小人数  1人
  • コスト  ₩85,000 ($80.00)
  • コース プレジデントホテル10階 集合 >  統一大橋 >  ID Check >  UN キャンプ・ボニファス >  板門店見学 >  軍事停戦委員会本会談場 >  第3哨所 >  帰らぬ橋 >  臨津閣公園 >  昼食 >  ホテル到着
  • 含まれる物
    1. ツアーガイド
    2. 車両
    3. 入場料
    4. 昼食
  • 支払い
    現金及びカード
  • 取消し
    ツアー行事日3日前(72時間)以降からの取消しは100%取消料徵收いたします。
  • 注意事項
    1. 当日、パスポートはお持ちください。
    2. 毎週 月曜日と祝日は定休日になります。
    3. 満11才以下のお子様は参加できません。
    4. 板門店訪問客は下記のような服装は禁じられていますのでご注意下さい。 汚れのひどいジーンズ、ひざ丈より短い半ズボン、ミニスカート、袖無Tシャツ トレーニングウェア、作業服、サンダル、スリッパ、英単語やスポーツチーム等の ロゴが大きく入った服や帽子
    5. 板門店本会談場内では北朝鮮側の備品(国旗やマイク)などに触ってはいけません。
    6. 板門店では北朝鮮側の人たちに対するどのような行動も一切禁じされています。 (声をかける、手を振るなど)
    7. 板門店は軍事的特殊地域のため軍事的理由で観覧が中止になる場合がございます。そのときには返金(支払い戻し)はこざいませんので了承ください。




板門店の位置


板門店は非武装地帯の中で韓国人が行けるもっとも北方に位置している所である。行政区域は京畿道 坡州市 津西面 ノルムンリ

北朝鮮の行政区域としては 開城 直轄市 坂門郡 板門店里である。板門店はその地域のお名前で、公式的な名称は共同警備区域(JSA, Joint Security Area)である。

板門店は155マイルの休戦線上の西端に位置して痛恨の民族分断史を証言している。




板門店はソウルから西北方に62km、北朝鮮の平壤から南に215km、開城市から10km離れていた。 



板門店の 由來


板門店という地名は韓国戦争の時UN軍と共産軍の間に休戦会談からその由来を見つけられる。韓国戦争の時、休戦会談が開かれたもとの場所は現在の位置(共同警備区域)から1km程北方、共同警備区域第3警備所から見える現在の北朝鮮の博物館の位置であった。そこは1953年7月27日休戦協定が調印された場所であった。休戦会談をする前にはお酒屋含めた四軒の草屋でもあったが義州街道いわゆるソウルと新義州を連結する道路の上に旅人らの休憩場所で当時の地名はノルムンリであった


板門店という名がづけられたのは開城から行われた休戦会談がここノルムンリに移されてこの会談に出席した中共軍代表団がそこをすぐに見つかるように又は表現しやすくするために当時、会談場の附近にあったおさけ屋を兼ねて漢字で書いてノルを「板」で、ムンは「門」で、みせの「店 」をつけて表記したことから由来する。




そこで行われた休戦会談は予備会談が始まった以来、およそ2年19日間に1076回にわたった会談の結果、1953年7月27日UN軍と共産軍(北朝鮮軍、中国軍)の間に休戦協定が調印されることになった。そこ板門店は停戰協定が締結されてから公式的にUN軍と北朝鮮軍が共同に管轄する共同警備区域(Joint Security Area)と呼ばれて、南北のどっちらでも行政管轄権がない特殊な地域になったのだ。


現在の板門店






民族分断の歴史



1910年 韓ㆍ日合併(解放前まで35年間日本支配)





1945年 8月15日 解放のよろこび




1910年、韓ㆍ日合併以降、35年間、日本から様々な収奪と民族弾圧が行われた中で、5千年余りのゆ悠久の歴史を築いてきた漢民族のたゆまない自主独立闘争の努力と2次世界大戦連合軍の助力により1945年8月15日、民族解放を迎えることになる。



しかし、2個の理念 2個の政府誕生




1945年8月15日、民族解放のよろこびもつかの間に、連合軍であった米国は韓国にソ連は北朝鮮にそれぞれ進駐する。38度線を境界線に各各信託統治をすることになり民族の試練はまた始まる。

1948年8月15日南側には自由民主主義体制の大韓民国民主主義共和国政府が誕生し、北側には金日成が主導する共産主義体制の朝鮮民主主義人民共和国が1948年9月9日誕生する。以降長く南と北の理念的対立が今まで続いてきている。




1950年6月25日同族間韓国戦争勃発




ソ連、中国の支援確約を受けた北朝鮮の金日成は韓国を共産化するためにその時期を望む、米国が1949年6月、駐韓米軍を完全に撤収し、続いて韓国と台湾を極東防衛線(別名エチソンライン)から除いたことを基づき、1950年6月25日明け方4時に38度線前域にかけて奇襲南侵を強行した。

タンクを先頭にした北朝鮮の攻撃により三日目にはソウルが陥落し、一か月後にはブサンを除く全地域が共産主義体制に入った。そこに至りUNは自由民主主義守護の為に緊急安全保障理事会を開催、迅速な参戦を決定して1950年10月1日、38度線を突破し,鴨緑江まで到達するなど戦況を好転させた。戦争はUN軍と共産軍間の激しい攻防が行われ約3年間も続いた。



1953年7月27日休戦協定




朝鮮戦争は民族同士の悲惨な争いを経験させた。分断という痛みだけを残して1953年7月27日、戦争勃発3年後にUN軍を代表してクラーク隊長が、共産軍を代表して朝鮮人民軍の最高司令官であった金日成と中国人民支援軍の司令官であったパンドフェ-が各各署名し、休戦協定が 調印された。現在の軍事境界線(MDL)南北各2km区間の非武装地帯(DMZ)、板門店共同警備区域(JSA)等はこのように設定された。



戦争の悲劇




戦争ほどの悲劇はない。 特に韓国のように同民族間の戦争を経験した場合は言うまでもない。1953年7月27日、悲劇な韓国戦争は休戦協定で一段落した。

2年余りの戦争で全国土が焦土化されたのみならず人命の被害も多かった。戦闘に直接参加した韓国軍と参戦16カ国のUN軍で者が48万余名、北朝鮮軍及び中共軍等共産軍側で犠牲者が159万-200万余名にいたり、特に民間人の犠牲者数は当時の韓国の人口の15%に相当するものであった。

直接的な人命被害以外にも370万余名の孤児発生、100万余名朝鮮住民が南に超え、1000万余名の離散家族発生など、戦争の被害はどのような表現でも美化することができない悲劇そのものだった。



板門店の見所



昼食(プルコギ定食)




プルコギ(牛肉の炒め煮)をメインに、6種類ほどのおかずが並びます。飲み物は別途注文できますが、ツアー中の飲酒は禁止されているためアルコール類は注文できません。もし 肉を食べられない方にはビビンバを代わりにしています。



臨津閣




ここは平和の大切さと、統一の重要さを知るために建てられた広さ6,000坪にも及ぶ施設でDMZツアーの拠点になります。ここでは約30分の自由見学となります。平和の鐘閣、自由の橋、望拜壇や朝鮮戦争中、京義線長湍(チャンダン)駅で爆撃を受け、50年近く放置されていた機関車も展示されています。また展望台には北に向かって望遠鏡が複数設置されており、無料なのでぜひ覗いてみましょう。なお板門店内では喫煙不可のため、こちらが最後の喫煙場所となります。



統一大橋(検問)




民間人統制線(民間人統制区域と一般区域の境界線)である統一大橋を通過します。ここから板門店まではわずか9.5キロの距離。統一大橋は現代(ヒョンデ)グループ創業者鄭周永(チョンジュヨン)が1998年に牛500頭を連れてこの橋を渡り、北朝鮮を訪問したことでも有名。通過時には検問があり、身分証の確認があるのでパスポートを用意しておきましょう。なお、統一大橋を渡って戻ってくるまでの間、バスで移動中の写真撮影はすべて禁止されています。



キャンプボニファス、ブリーフィング




統一大橋検問場よりしばらくバスを走らせた後に到着したのは、国連軍政令部支援隊の駐屯基地であるキャンプボニファスです。板門店まで2.4キロ、いよいよ近づいてきました。ツアーバスに担当軍人が乗り込み、ツアー客がバスに着席した状態で、服装検査とパスポートの確認が行われます。検査後、キャンプボニファス内の「JSA安保見学館」前までツアーバスで移動し、下車。まずは「JSA安保見学館」内ホールでブリーフィング(訪問者宣言書のサインと板門店のスライド説明)が行われます。その後、最後のトイレ休憩を済ませ、約1時間の板門店見学に入ります。



軍事停戦委員会 本会議場




板門店を象徴する建物、本会議場です。休戦協定後から軍事停戦委員会の会議が開かれてきた場所で、軍事境界線上に位置しています。建物内の写真撮影が許されていますが、椅子やテーブルに触れてはいけません。



第三警戒所、「ポプラ事件」現場、帰らざる橋




本会議場を出て、板門店の全景を見学します。身じろぎもしない兵士の姿と地面にくっきりと見える軍事境界線、はりつめた空気に緊張感が高まります。その後、専用バスに再び乗り込み、本会議場の前の道路をゆっくりと通過し、「第三警戒所」、連合軍兵士が北朝鮮兵士により殺害された「ポプラ事件」の現場、南北捕虜の送還が行なわれた「帰らざる橋」などを車中から見学。 再びキャンプボニファスの「JSA安保見学館」に戻ります。




 ※板門店ツアーの注意事項※ 


服装

・作業服、レザーの服(全ての色)やジーンズ(色落ちや破れの全くないものであれば可)、サンダル、半ズボン、ミニスカート、袖なし・襟なしTシャツ、派手な服、身体に密着する服、軍服スタイル、トレーニングウェア、スリッパなど不可。ブランドのロゴが模様となって全体を覆っているマフラーやジャンバー等不可。スポーツチーム等のロゴが大きく入った服や帽子も不可。


持ち物 

・パスポート等の身分証明証を必ず持参  

・板門店見学時に持ち込めるのはカメラ、携帯電話(カメラ機能のみ)、望遠鏡、財布(但し、大きいものは不可)程度 

・ポケットにたくさん物を入れるのは不可 

※持ち込み不可のもの 

・車椅子、杖、傘 (レインコートは可)、バッグ (ウエストポーチ程度は可) 、筆記具 

・カメラや望遠鏡のケース、90ミリ以上の望遠レンズをつけた一眼レフカメラ、ビデオカメラ 


その他

・板門店見学時は必ずガイドや軍人の指示に従う。移動は2列、写真は決められた場所でのみ可 

※撮影可能といわれた場所でのみ撮影が可能。移動中はカメラの電源を切ること 

・板門店内は飲食(水やガム含む)不可 

・北の軍人および北側に向かっての指さし行為厳禁

・軍事境界線という特殊地域のため、ルートが変更または中止になる場合あり




板門店動画です









旅行日程

以下のコースを参照してください.